今日で最後のれっすんです。実は今日、老師の郷里からお母さんが出てきていて・・・レッスンは全員お休みの予定でした。その中を私の最後のれっすんの為に、歌劇院まで(お母さん・妹さんと一緒に)出てきてくれました。
最後も歌劇院のリハーサル室にて、行いました。
「高音から中音~低音へと外へ声を流す」練習を、ゆっくり歩きながら。。。。
性格なのか、日本での今まで習ってきた癖なのか?どうも「身体を作る」ことを意識しすぎ、「フォームを作る」ことを頭で考えすぎ・・・・それで も以前よりはだいぶ無くなったものの・・・・というのが私の欠点です。これが、歩きながら歌うことで「歌うことしか考えられなくなる」ため、前回から歩き つつ歌わせられています。
「歩け歩け、考えずに歩け。ゆっくり、楽しげに、遊んでいるような感じで。軍人のように歩くな(笑)」
「『A(ア)』母音、『I(イ)』母音、『U(ウ)』母音・・・母音全てを歩きながら」
「ゆっくり、または速く・・・と速度を変えながら発声する」
「音はあまり高音を出さないように」
「とにかく自由に、自分を解放して、声は前へ鋭く縦に細く、集中させて」
「『I(イ)』母音は、鼻の下の米粒から音を出し、下顎から髭が下に伸びていくような感覚・・・これはしっかり書きとめたか?!」
「絶対に下顎の引き、喉の縦ラインの硬い部分を忘れず、声に芯を入れること」
「鼻・眉間の顔の前で、水球がぐるぐる速いスピードで回転し、口から出る声で落とさないような感覚」
「鼻は空洞になっているような感覚」
「舌を思いっきり地面のほうへ伸ばし、『E(エ)』母音で『一つのE(エ)』となるように、下顎をしっかり引き、声を広げないように」
「声は絶対に広げてはならない。全ての声は『一つのI、一つのE、一つのA』となるようにすること。もし、声を広げた状態で発声して良いという教師がいたならば、それは間違いであるから、絶対についてはならない」
「『A(ア)』母音は2点Cから上は、下顎が『A(ア)』母音の形、上は『O(オ)』母音の形。2点FからG#までは『O(オ)』母音の形で喉をしっかり閉じること」
「歌も歩きながら歌いなさい。気位高く、憂鬱に、美しい女性、旦那が他の女性を追っかけている(笑)」
「でも試験の時に歩きながら歌ってはいけない」
最後のれっすんは1時間くらいで終了となりました。
その後は老師の部屋へ行き、紹介状を書いていただきました。昔よく老師とともに舞台をやった日本人の歌手なのですが、現在はどこに住んでいるのかわからないため、日本帰国後はこの老師の好意に報いる為にもしっかりと探しお会いしたいと思います。
老師の書いてくださった紹介状の文面。それは本当に嬉しい素晴らしい文章です。「砂漠で喉が渇いた人間のように」歌を学ぶ意力に溢れている・・・と老師が評してくれたように、どこまでも「歌」の向上のために努力していきたいと思います。
実は、最後のれっすんとはいえ、私の気持ちとしてはそこまで寂しい、悲しいという気持ちはありませんでした。どこかで「北京は近い」「すぐ来ようと思えば来れる」という気持ちもあったからです。
でも最後に、老師に差し出した握手を、温かい包容で返された時には思わず泣いてしまいました。泣くまいとしたのですが、老師の「好い好い、泣くな。笑顔で別れよう」の言葉で今書いていても目頭が熱くなってきます。
老師は老師(先生の意味)ですが、「導師(だぁおし)」でもあります。今後どんな方につこうとも、まずは李老師が私にとって「第一の師匠」で す。「師匠の素晴らしさは、弟子の実力・成長如何によって」という言葉の通り、月々日々と努力し向上しつづけたいと思います。
まずはここで一区切りです☆